今日も独りで立ち話

思ったことをそのまま書き連ねるブログ。

アメリカンチェリーの思い出。

昔、まだ自分が小学生だった頃の話だ

 

ある土曜日のお昼頃

いつものように母親の買い物についていった

 

目的は明白で、晩御飯の買い物ついでにお菓子を買ってもらおうという魂胆だ

 

 

その日は真っ青な空に雲ひとつないほど快晴で

なんとなく心がうきうきしていたことを覚えている

 

 

住んでいた地域は田舎かと言えば田舎だし

都会かと言えばまあ都会かなあ、という程度の地方都市である

 

家から歩いて30分くらいのところにあるアーケード街が主な買い物場所であった

 

アーケード街の中には地方百貨店とジャスコがあって

良いものを買う時には百貨店、普段の食材はジャスコ

といった感じで使い分けがされていた

 

 

ジャスコの入り口の前では日替わりでいろいろな店が特売をしていることがあり

 

あるときは焼き栗

あるときは生花

またあるときはメロンパン

 

など、バラエティに富んでおり、好奇心旺盛な小学生であった私にとっては

 

「今日は何を売っているのだろう?」

 

と、店の前をのぞくのがひそかな楽しみでもあった

 

 

 

 

 

いつもの通り、ジャスコで買い物をする予定だったわけだが

その日、店の前で売っていたのが「アメリカンチェリー」であった

 

 

当時、さくらんぼに目がなかった私は

見慣れない色と形をした、どう見てもさくらんぼらしき謎の果物にくぎ付けになった

 

 

母親はその果物があまり好きではないらしく

なかなか買うことを了承してくれなかったが

 

今回のおやつは要らないから、と必死に説得して買ってもらうことができた

 

 

 

買い物帰りに「アメリカンチェリー」とは外国のさくらんぼで日本のものとは味が違うこと、「のうやく」の影響で体によくないかもしれないことなどを教えてもらったが

 

そんなことよりも、ただただ早くこの果物に口をつけたかった私には

母親の説明は耳を通り抜けて行った

 

 

 

 

家に帰って、さっと水洗いしてさらに盛り付けられたその果物の

 

赤紫色のつやつやとした見た目

大ぶりな果肉

甘く濃い芳醇な香り

 

 

それらに一瞬で心を奪われてしまった

 

 

 

ちょうどそのとき近所に習い事に行っていた妹が帰ってきて

テーブルに置かれたその果物を目ざとく見つけて

 

「私も食べる!」

 

と主張されてしまった

 

妹はそう言うと自分ももらえることを知っているのである

幼稚園児にして、年下の利をうまく使う子であった

 

 

自分が買ってもらったものなのだから、独占できるものと思っていたのに

やっかいな妹の策略によって分け前を与えることに非常に不満はあったが

 

何はともあれ、初めて見る果物を食べる楽しみのほうが勝ってしまった

 

 

一口かじると、食べたことのない独特な香りと味がして非常においしかった

 

妹と二人で口のまわりをべたべたにしながら

あっという間にすべて平らげてしまった

 

 

あのとき母親を説得した自分は間違っていなかったと思うと同時に

母親がこの果物が嫌いな理由がイマイチわからなかった

 

 

 

それから自分が小学生の間は年に1、2回ほど

母親はアメリカンチェリーを買ってきてくれるようになった

 

大学に進学して独り暮らしをしている今でも

たまにあのころの感動を思い出したくて無性に食べたくなることがある

 

 

あの果物を食べたら、この無味乾燥な毎日の生活に少しは彩りが添えられるだろうか

 

 

 そうぼんやりと考えながら、カップラーメンを食べるためにお湯を沸かしに台所へと向かうのであった

 

 

 

外で雪がしんしんと降る、ある冬の日の出来事

 

 

 

 

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