今日も独りで立ち話

思ったことをそのまま書き連ねるブログ。

個人的に話していて苦手な3パターン

こんにちは

立花です

 

大学の研究室で過ごしていると、当然誰かと議論をする必要が出てきます

 

議論とか大層な言い方をしなくても、会社では会議があるでしょうし

日常生活では、なんらかの話し合いだってあります

 

そんな場面に巡り合ったときに、僕自身はどーーーーーしても相性が悪い相手がいるんですよね

 

相手が悪いわけではないんだけど、どうしても僕がイライラしてしまう

 

僕がもっと器が大きくなって、広い心を持てればいいんですが

それがなかなか難しい…

 

今回はそんな僕の苦手な人を3パターンまとめたいと思います

 

そして、自分なりの対処法が見つかったら、追記していこうと思います

いつになるかはわかりませんけど笑

 

 

意見を持たないでそよぐ人

 

まず、苦手なのが自分の意見を持たない人です

割と人間関係を大事にする、「みんな仲良し」タイプの人に多い気がします

 

こういう人は何か言われても

「それはいいと思う」「それはよくないと思う」

「そういう意見もあるよね」「なるほどね~」

 

みたいな感じで、自分はどうしたいのかというのを話してくれません

 

きっと争いを好まない優しい性格の人なんだろうとは思うんですが

意見を言ってほしい場面でも、人の顔色をうかがってふわっといなされると

僕はイラっとしてしまいます

 

だからどう思っているの? 意見が聞きたいんだけど!

という僕の願いとは裏腹に、他の人の意見にそっと手を添え続ける様子はあまり生産的ではないなあと勝手ながら思ってしまいます

 

 

そういう人には議論は争いじゃないということをちゃんと認識して

普通に意見言ってほしいなあと思います

 

 

 

議論を決闘だと思っている人

 

今度は最初と逆のパターンです

頭がキレて、勉強をしっかりやるタイプに多い気がします

 

こういうタイプの人は、自分の意見をしっかりと持っているので

反対意見もちゃんと言ってくれますし、一見議論がちゃんと深まっているように思えるのですが、本質は初めの人と同じで一歩も前進しないんですよね

 

なぜかというと、こういう人たちの議論というものの認識は争いであることが多く

「いかに相手の意見をつぶして、自分の意見を押し通すか」ということに焦点が当たりすぎていることが多いんですよね

 

だから、議論ができているように見えても、着地地点は0か1かなので

お互いの意見を理解しあって、その結果として結論が昇華してより良い意見になることはほとんどありません

 

相手の意見・立場・考え方を理解して、なぜその結論へと至ったかということや

それを踏まえて自分の意見はどう変わるのか

 

といったことを、顧みる人が少ない気がするので話していて疲れますし、のれんに腕押し感がすごいんですよね

 

なんか言っても無駄だし、こいつとは真面目な話をするのは辞めておこうと思ってしまいますね…

 

 

批判を人格否定だと考える人

 

少し前の話題になりますが、増田やtogetterで今井議員の発言が話題になりました

 

togetter.com

 

anond.hatelabo.jp

 

これは若い世代だけの問題ではなく、中高年でもこういつ性質を持った人が大勢いると考えるのは、経験的にもそれほど外れているとは思いません

 

言いたいことは上のリンク先でだいたい言われてしまっているのですが、私見を述べます

 

こういう人たちに共通しているのは、「批判=人格否定」だと思っている節があるということ

 

「意見を否定することは、その意見が生まれた人格を否定することである」

という論理を無意識にやっているのでしょう

 

 

人格否定をされたと感じた人は、もう話にならないことが多いです

非常に質が悪いです

 

議論を決闘と考える人と共通するところもありますが

完全に意固地になって、何があっても自分の意見の間違いを認めようとしない傾向がある気がしています

 

こうなると目的から外れて議論がぐちゃぐちゃになっても

とにかく自分の意見が悪くない、という結論に至るための理屈を探し始めます

 

目的があってそのためにどうするか、どうやるほうがいいのか

という、建設的な議論を進めることができません

 

 

はっきり言って、子供と話しているような感覚に陥るので非常にしんどいです

 

さらにこのタイプで苦手な理由は、議論で批判されたことをその後の日常生活の人間関係にも引っ張ってくることが多いためです

 

自分の人格を否定されて不快な気分になったから、付き合うのをやめよう

といった思考をする人を何人か見てきました

 

 

議論はよりよい結論を求めるためにやるのであって、別に意見の批判と本人の人格は全く関係ないはずなんですがね…

 

たまに、批判と人格否定を同時にやる人がいるのも問題だと思いますが…

 

 

終わりに

 

この3パターンの人と話をするとき

正直なところ、どういう対応をすればよいのか、ということは僕自身未だわかってはいないのですが、できないで片づけることもできないので、何か自分の中でうまい折り合いをつけられるようになりたいと思います

 

 

個人的に、この3パターンに共通するのは

「議論はよりよくするために行うもの」という認識が欠如していることだと思っています

 

 

この認識があれば

自分の意見は言わなきゃ損ですし

相手の意見をとにかくつぶすこともないですし

批判を人格否定と捉えないと思っています

 

 

と、偉そうに書いてはいるものの

自分も同じようなことを、やってしまっている可能性もあるので

可能な限り、自分が苦手なタイプに自分が陥ってしまわないように、常々意識したいと思います

 

昔、国語の授業でちょろっと触った弁証法とかをちゃんと勉強すればいいんですかね?

 

弁証法はどういう科学か (講談社現代新書)

弁証法はどういう科学か (講談社現代新書)

 

こういう本を読んで、しっかりと議論ができるように

頭と心を柔らかく、でも芯は強くいこうと思います

 

 

おわり